コラム

2024.12.11

喫煙による矯正治療の影響

○ 歯の動きが遅くなる

矯正治療は、骨の吸収と形成が行われる骨代謝によって歯が動きます。骨代謝が行われる際には、骨を吸収する破骨細胞と新しい骨をつくる骨芽細胞が出現します。歯に矯正力が加わると、歯根膜に圧迫側と牽引側が生じます。圧迫側では骨吸収、牽引側では骨形成が生じて歯の移動が起こります。

しかし、たばこに含まれるニコチンなどの影響で血流や代謝が悪くなることで、破骨細胞(はこつさいぼう)や骨芽細胞(こつがさいぼう)が減少し、骨吸収や骨形成に遅れが生じてしまいます。それによって、歯の移動がスムーズに行われず、矯正治療の期間が長くなる原因にもつながります。

○ 口臭

たばこの煙の中の成分にニコチンとタールが含まれており、口腔内や舌を乾燥させ、唾液分泌量が低下することで細菌が繁殖しやすくなります。また、矯正治療中はブラケットやワイヤーなどの装置が歯に装着されているため、プラーク(歯垢)や歯石、食べかすが溜まりやすい状態になります。それにより強い口臭が発生するリスクが高くなります。

○ 歯周病のリスクが高まる

たばこはニコチンの血管収縮作用があるため、歯周病の特徴でもある歯肉の腫れや出血などの症状が出にくく、発見に遅れることがあります。この状態が続くと歯周病が進行し、歯を支える骨(歯槽骨)が溶けだし、歯が動揺し、歯を失うリスクが高まります。矯正は歯の周囲に炎症を起こすため、すでに歯周病となっている場合、さらに歯周組織の炎症範囲が広がり、歯周病をより進行する可能性があります。歯周病になると歯並びが悪くなることもあります。

○ 歯や矯正装置に着色がついてしまう

たばこを吸うと、たばこの煙に含まれるタール(ヤニ)という発がん性物質が歯に着色するため、歯の表面全体に着色がつきます。特に歯の裏側は黒ずみやすいです。そして、矯正装置にも着色がついてしまいます。喫煙による着色は、歯ブラシではなかなか落とすことができないので、歯科医院でのクリーニングが必要になります。しかし、矯正装置の着色はクリーニングをしても簡単に取り除くことが難しくなってきます。ワイヤー矯正ではブラケットが歯に直接つけているので、1回1回クリーニングのために外すことはできません。目立ちにくい白ワイヤーやクリアブラケットなども変色し

やすくなり、見た目が気になりやすくなってしまいます。また、ワイヤー矯正の方はワイヤーやブラケットという装置がついているため、歯磨きがとても磨きにくく、ブラケット周りにプラーク(歯垢)や歯石が溜まりやすく、虫歯や歯周病のリスクが高まってしまいます。

マウスピース矯正でもマウスピース自体にヤニがつき変色することがあります。マウスピース矯正は目立たない、装置を外せることができることがメリットです。しかし、新しいマウスピースに交換するまでは、たばこで黄ばんだマウスピースを使用し続けないといけないため、マウスピースが黄ばんで目立ちやすくなって審美的にも悪くなってしまいます。カレーやコーヒー、紅茶などでも着色はつきますが、たばこが1番とれにくく残りやすいです。クリーニングで着色を除去してもらっても、また着色がつくのでその繰り返しになってしまいます。

○ アンカースクリューが脱離しやすくなる

アンカースクリューとは、小さなチタン製のネジを歯肉の上から歯槽骨や顎の骨に植立し、それを固定源として使用し歯を動かしていきます。このアンカースクリューは外科処置に分類され、「矯正用インプラント」とも呼ばれています。そのため、処置後に喫煙をすると、歯周組織の再生が妨げられて、固定されず不安定な状態になりやすくなり、アンカースクリューが脱離する可能性が高くなります。

また局所の血行不良による影響で、アンカースクリューが脱落してしまう可能性があります。歯を支える骨の代謝を悪くするため、アンカースクリューが脱落してしまうトラブルが起こりやすくなります。

○ 抜歯後の合併のリスク

矯正治療で行われる外科手術の1つに抜歯があります。これは歯を並べるスペースを確保するために行われる処置です。抜歯直後は血行の流れが良くなっており、歯が動きやすい状態になっています。しかし喫煙者の場合、たばこは傷の治癒能力を遅らせるため、抜歯後の回復を妨げる可能性があります。また抜歯後に喫煙を続けると、「ドライソケット」と呼ばれる症状を引き起こすリスクもあります。

・ ドライソケット

ドライソケットとは、歯を抜いた傷跡が血餅(けっぺい)で塞がれず、骨が露出した状態のことをいいます。抜歯窩治癒不全(ばっしかちゆふぜん)ともいわれています。通常、抜歯直後はかさぶたのような血餅が形成されて自然治癒します。しかし、喫煙によって血餅の形成が妨げられ骨が露出したままになると、骨面は乾燥し感染しやすくなります。冷水による刺激痛や食物による接触痛、強度の持続性疼痛などの強い痛みを伴うことがあり、症状が進行すると首のリンパ節や顎骨の骨膜まで細菌感染が広がる可能性もあります。そして、ニコチンの作用で毛細血管が収縮してしまうと、抜歯後に処方される痛み止めや化膿止めなどの薬の効果が出にくくなる可能性があり、体の細部まで薬がいきわたりにくくなります。痛みが続く場合は、かかりつけの歯科医院へ受診してください。

(ドライソケットになる原因)

歯を抜いた場所は、血餅によって覆われます。血餅は血液がゼリー状に固まったもので、かさぶたと同じ役割があります。血餅が抜歯した場所に塞がれば、ドライソケットにはなりません。しかし、何らかの原因で血餅が形成されなかったり、外れてしまったりすることがあります。

◦血餅が形成されなくなる原因

・ 抜歯後の飲酒や入浴

・ 抜歯後の激しい運動

・ 経口避妊薬の服用

・ 血液凝固阻害薬(抗凝固薬、抗血小板薬)の服用

・ 抜歯前後の喫煙

◦血餅が外れる原因

・ 強いうがいや過度なうがい

・ 傷口を指や舌で触る

・ 歯ブラシで傷口を刺激する

このように喫煙は、矯正治療を行うにあたってメリットはひとつもありません。矯正治療中でも喫煙を続けると、治療計画通りに進みにくくなり、治療期間が延びる原因にもつながる可能性があります。また、口腔内だけでなく、全身への影響も大きく関与しており、生活の質(QOL)を向上させるためにも禁煙はとても重要です。